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2009.12.31

MBAの受験生へ向けて

今年ももう終わりですね。

去年の今頃は1月のビジネススクールの願書提出に向けてエッセイを仕上げてました。あの頃は、そもそもどの学校にも受かる確信がなかったのですし、LBS以外は全部アメリカの学校に出していたので、まさか一年後にイギリスにいるとは想像だにしませんでした。

WhartonにいったYoさんがMBA受験生に向けて応援メッセージをブログに投稿していたので、僕も今現在苦しんでいる受験生へ何かのたしになればと思って、のっかることにします。

昔から人を応援するのは下手なので、これでポジティブな気持ちになっていただけるのか、全く持って自信はありませんが・・・

MBA受験は本当に孤独でつらい過程です。特に英語圏でのまとまった生活経験がないと、かなり厳しいディスアドバンテージをはじめっから抱えることになります。

おまけに日本人がトップスクールに入るのは近年難しくなっています。クラスの一割以上が日本人だったのは古きよきバブル時代の話であり、10年前と比べても減少しています。全世界でビジネススクールの受験者が増えていることもあり、大抵のビジネススクールで、日本人比率はいまや1~2%程度ではないでしょうか。

つまりどんなにがんばっても、合格できる保証は何もないわけです。実際僕も1年目は全部落ちましたし。しかも、それだけ苦労をして無事合格したとしても、それまでの投資(失う給料を含めれば4000万近く!)が回収できる保障は何もありません。ひょっとしたら大企業で要領よく、大過なく人生を過ごしたほうが実質的な実入りはいいかもしれません。

また、社費の人も社費なりの「指定校に受からなかったらシャレにならない」というリスクを背負っています。

しかし、MBAをとろうと真剣に考えてる人たちにとっては、こんなことはもう先刻承知でしょう。「MBAをとったら後はばら色のキャリア」なんて古典的な考えの人は、もはやいないと思います。

それでもなぜ多くの人たちがMBAを取ろうとするのでしょうか。

多分それはどんな形であれ、自分を成長させたいと考えているからではないでしょうか。知識であれ、キャリアであれ。そういう意思を持つことが、僕は賞賛に値すると思っています。

MBAの受験を志している方たちの中には、本当にこれが正しい選択なのか、迷っている人は多いことでしょう。「MBAを持ってても仕事のできない奴は多い。」「MBAは頭でっかちが多い。」「しょせんMBAで習うことは表層的。教科書を買えば学べる。」そんなネガティブなことを耳にする機会があるでしょう。率直ににいえば、聞き流しておけばいいのです。

別に僕はMBAを礼賛するつもりはありません。そもそもMBAも数ある人生のオプションのひとつに過ぎません。僕は今でもここにいることが将来の自分にとってプラスになるのかマイナスになるのかが、わかりません。

どっちにしろどうなるのかわからないのであれば、現状に甘んじて評論家になるよりも、たとえ最終地点がみえていなくとも、現状を前向きに変えようと一歩踏み出したほうが、ずっと人生面白いのではないのでしょうか

というこことで、受験生の皆さん。僕は皆さんの方向性は間違ってないと思います。出来る限り応援させてください。既に人事を尽くされていることでしょうから、後は皆さんの幸運を願っております。

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2009.12.29

クリスマスはベドウィン族の人たちと

ただいまアンマンの空港で午前2時。エジプト-ヨルダンの旅も今終わろうとしています。ヨルダンで印象に残ったことをいくつか。

1.アメリカの影響

ヨルダンは中東アラブ諸国で唯一親欧米国。イスラエルと国交を結んでいます。そのおかげで、年間数千億円の援助をアメリカからもらっているそうな。

ということで、観光地はアメリカ人だらけ(発音から判断するに)。普通に英語が通じますし、価格も観光地プライスで、ほぼ日本と一緒のお値段です。死海ほとりのリゾートなんか、完璧にアメリカナイズされてました。

しかし、一方でアンマンを半日だけ歩いた分には、ほとんど観光客をみかけず、アラブ系の人たちばっかでした(元々住民の半分がパレスチナ難民)。ヨルダンは中東でもっとも旅行がしやすい国と言われておりますが、一部の観光スポットに外国人は集中しているようです。

2.ぺトラ遺跡

ヨルダン随一の観光スポットといえば、ぺトラです。僕も来るまでは名前すらしらなかったのですが、インディジョーンズ「最後の聖戦」の宝物殿のロケ地といえば想像がつくでしょうか。

この町は紀元前1世紀ごろにナバタイ人によって作られ、中東の交易中継点として繁栄しました。が、その後徐々に衰退し、7世紀ごろにはほとんど歴史から忘れられてしまいます。その後ローカルのベドウィン人にかすかに伝わっていた遺跡が、19世紀前半にスイス人の探検家によって「再発見」されました。

ぺトラ遺跡のすばらしさは僕の稚拙な文章力では伝え切れませんが、訪れて後悔することはないでしょう。細い渓谷の底を1キロ以上歩いたところに突如現れる、岸壁に刻まれた神殿らしき建物、何時間も歩いた山の上にある、荘厳で巨大な祭殿・・・

ここにきてよかったなぁと素直に思えます。

3.ベドウィン族

ベドウィン族なんて教科書でしか知らなかったのですが、この地にはちゃんと実在しています。一部昔ながらの放牧も営んでいるようですが、この地では定住して観光客相手で生計をたてているものと思われます。

彼ら馬やロバ、ラクダを保有しており、これらの動物に観光客を乗せています。ちなみに通常の観光ルートを馬に乗っても、10分で終了してあまり面白くありません。が、たまに「追加料金で特別ルートにいかないか?」と声をかけてきます。

エジプトだったら断るべきでしょうが、ここぺトラの地ではイエスといっても損はありません(もちろん危険はあります。僕は疾走している馬から岩場に落馬してマジで死に掛けました。その他、各種犯罪に巻き込まれる可能性などもあるでしょう)。

我々は2日間ぺトラを散策して、2日ともベドウィンに誘われて裏ルートに行きました。馬やロバの背に揺られながら、広大なぺトラの岩石の山々を眼下に見下ろす、すばらしい体験ができました。

ついでにベドウィンの人に誘われて、夜は砂漠の岩場でベドウィン式BBQに挑戦しました。広大な砂漠でベドウィンの人たちが焚き火で焼いてくれるヤギの肉。土の中で作った蒸し料理。

「食事の前は手を洗いましょう。」という日本人の衛生感を根底から吹き飛ばす環境(泥こねた土で肉をちぎって渡してくれるし)ですが、月明かりと星の下、岩場に鳴り響くアラブの独特な音楽。あまりにも非日常的な光景。これが僕の31歳のクリスマスでした。

最後に、死海のリゾートもそれなりに楽しめるということを付け加えておきます。死海なんてこれまた語感から地の果てみたいなイメージをもっていましたが、完璧にリゾート化されているので、家族連れでもすぐに浮遊体験が楽しめます。

そんなこんなで、ヨルダンはお勧めの観光スポットです。

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2009.12.27

シャレのきいてる国

ショック・・・。デジカメ失くしました。ということで、基本的にこの旅は写真なしです。エジプトはまさに砂の国。大地も建物も、何もかもが砂色です。

初日はカイロに入りピラミッド等を見た後、ルクソールに飛んで王家の谷へ。都合6日間滞在しました。エジプトで印象に残ったことは下記のとおり。

1.客引きの多さ

とにかく異常に客引きの多い国。同行した日本人二人はほとほとうんざりしたようでした。僕はこういうのを結構無視できる性質なので、正直そこまで気にならかったのですが。

道を歩いていれば、クラクションを鳴らされ「タクシー?100ポンド!(大体相場の5倍~10倍)」。馬車が通りかかれば「ワンダラー!ワンダラー!」。土産物屋の前を通れば「ハローマイフレンド!スカーフ?スカーフ?」。

ここまでなら他の国でも観光地ならあることでしょうが、数の多さとしつこさでピカ一です。日本人のキャバクラの客引きなどおままごとです。きっぱり「No!」といっても「OK、ハウマッチ?50?40?イエス?カモン!トラストミー!アイムシュア!プロミス!OK?カモン!OK、30?ヘイ!リッスン!ベリーグッドプライス!!」

こういうのが駄目な人は本当にエジプトが嫌になることでしょう。

2.バクシーシ(喜捨)

ガイドブックによればバクシーシとはイスラムの教えに由来する「裕福な人が貧しい人に施しをする習慣」とありますが、かなりの人たちが既得権益のように主張してきます。遺跡にいくと、まず怪しい人たちが近寄ってきて「こっちにいいものがあるから来い来い」というジェスチャーをします。

まぁ、当然あとで金を要求されることが分かっているので、はじめに「10ポンドでいいか?」と交渉妥結しても、後ほど10ポンド渡すと「バクシーシ!」といってさらにお金を要求してきます。ここで普通に去ろうものなら、まずまとわりついてきて、それでも無視すると遠慮なく舌打されます。

日本政府もビジットジャパンキャンペーンとか、そうそうにやめた方がいいんじゃないかと思いました。

3.交渉交渉交渉

マックやホテル、高級レストランを除いて、基本的に値段というものがありません。すべては交渉で決まるのですが、なにぜ10倍以上の価格からスタートです。こちらがガイドブックに書いてある適正価格の半分ぐらいからスタートしようものなら、価格の開きが大きいのでまず「分かってないな」といわんばかりの小ばかにした笑いを返してくれます

そして結局3倍程度のところで話しにならん、といって立ち去ろうとすると急激に値段が下がっていきます。

ちなみに、乗り物の場合は乗車の際に価格交渉が妥結しても、降りる際に第2ステージが待ってます。「全員含めて20ポンドだ。いいね?」ということで「OK!」とにこやかに返事されたとしても、おりるときに態度が豹変して「NO!各々20ポンドだ!」とか「40ポンドだ!」とか「No!イギリスポンドだ!」とか普通に主張してきます。

これにはさすがに僕も旅の終わりにはめんどくさくなってきました。ちなみに、金を置いて去れば、それ以上暴力沙汰に発生することは(多分)ありません。

4.遺跡について

同行者達がかなり上記習慣についてクレームしてたので、正直あまり遺跡の印象は残ってません・・・。というのは半分冗談で、ピラミッドと王家の谷はやはり一見の価値ありだと思います。紀元前3000年?(つまり5000年前)から、ペルシア帝国に征服される紀元前500年ぐらいまで、歴代ファラオの残した遺産には圧倒されます。

古代神権政治のすさまじさというべきでしょうか。巨大な遺跡に隙間なく装飾がほどこされ、かつ彩色されている名残をみると、費やされた労働力と時間に気が遠くなるようです。ちなみにどの遺跡も大体死者の書が壁面に記載されているので、最後のほうはどれも似たような感じがしてきます。

では、この後はヨルダンへ。

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ヒースロー空港にて

(この日記はちょっと前に書きました)

海外旅行第2弾ということで、今度はエジプトとヨルダンに行ってきます。エジプトは冬がハイシーズンなので、フライトチケットが高い高い。しかもエジプトに入ってヨルダンから出るという変則旅行なので、格安チケットサイトがうまく使えない。

ということで、日本で貯めたマイレージを使うことにしました。今はヒースロー空港の待合ロビーにいるのですが、日本と違うなぁと思ったのが、以下ふたつ。

1.チェックインに長蛇の列

日本ではエコノミーだろうとビジネスだろうとチェックインカウンターで待つことはあまりないので、「マイレージ上級会員の優先チェックイン」がどれほど意味があるのかと思っていたのですが、こちらでようやく存在意義がわかりました。めちゃめちゃエコノミーのカウンターの前に並んでます。

次に手荷物検査のセキュリティ。さすが外国というか、結構謎の手荷物を持ち込もうとしている人たちがいっぱいいます。前の若者はなぜか食事用のステンレスナイフがバックからでてきて、荷物を全部ひっくり返されてましたね・・・。なんであんなのもってんだ?

2.パスポートコントロールがない?

いまだに待合室で待ってて不安なのですが、チェックイン⇒手荷物検査⇒待合ロビー(ゲート)ということで、出国のパスポートコントロールを通過した覚えがないのです。たしかイギリスはシェンゲン条約に加入してなかったので、パスポートチェックが必要だと思うのですが。

トランジット先のドイツ、あるいはエジプトに着いて、イギリス帰れ、みたいなことがないことを祈るばかりです。

では、いってきます。

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2009.12.22

ビジネススクール=カルチャースクール

旅行/出張の際はミニノートが本当に便利だ。今使っているミニノートPCもインドへの出張が重なったときに、3キロ弱のノートパソコンを持ち歩くのに耐えかねて買ったものだ。使わないときは全く使わないのだが、こういうときは重宝する。

ちなみに、うちの会社では個人のパソコンを出張に持ち出すのは禁止であった。しかし、携帯用のパソコンはしばしば貸し出し済みで借りられないという、笑うべき事態が発生していた。ということで、確信犯的にこのあほらしいルールを無視していた。

さて、某所でややもするとビジネススクールはカルチャースクールのようなものだ。という記事を発見した。全面的にビジネススクールを否定するわけではないが、個々の専門科目について深堀りすることなく、表面的な知識だけ浅く広く学ぼうとする学生が多いということが、その理由らしい。

確かにカルチャースクールとは言いえて妙な気もするが、まぁそんなこといったらカルチャースクールと学校の違いはなんだ?ということになる。日本の大学教育も全部カルチャースクールになってしまうだろう。

別にわれわれは個々の科目の専門家になるわけではないので、ビジネススクールで教わる科目もツールとしてある程度使えればそれで十分なのであり、必要以上に深く理解する必要はない。パソコンは使えればいいのであって、CPUの構造をを理解している必要はない。

そういう意味では、いくつかの科目は残念ながら学生のニーズとの間に齟齬を来たしていると思う。たとえば、会計の問題でLIFO(後入れ先出し)の原価をFIFO(先入れ後出し)での原価に変換する、というのは試験でのポピュラーな問題なのだが、はっきり言ってこんなことは(個人的には)どうでもいい。

片や会計の授業でで興味深かったのは、収益の認識方法は解釈しだいで様々な方法がありえて、財務諸表に大きく影響する、ということ。

たとえばアップルはiPhoneのソフト無料アップデートを購入者に提供しているのだが、アップルはこのiPhoneの売り上げを“いつ”計上すべきなのか(販売時かサービス終了時か)。実際にアップルは最近、販売時に収益の大分を認識する方法に会計処理を変更して、その結果大きく売り上げが変動した。

そのほかに面白かったのが、特定の費用(研究開発費など)は売り上げに対するコストとなるのかならないのか、という問題。いったん費用が資産計上されると、それはビルを買うのと一緒でオペレーション上のコストと認識されず、最終損益に大きく影響を与える。

ちょっと昔になるがエンロンの粉飾決算は本来費用計上すべきものを費用計上していなかったことによるものだ(その結果収益が一時的に過大となる)。おそらくこれらの知識などは経営者を目指している学生には将来必要になるだろう。

やはり個々の教授は特定分野の専門家ではあるが、特定分野の専門家どまりの教授もいることは確か。経営者にとって何が必要なのか、という視点を教授も持つことが望まれる。そういう観点で授業を行えば、生徒は喜ぶし、教授の評価はあがるし、お互いにとってメリットになるだろう。

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2009.12.19

王様という幻想

最終日はちょっと足を伸ばしてヴェルサイユ宮殿へ。とはいっても、泊まっているお宅からローカルのバスに30分ぐらい乗るともう既に門の目の前だ。

ヴェルサイユ宮殿はとにかくでかい。建物もそうだが、とにかく庭が広大。宮殿内部はいわゆる「フランスの勝利の歴史」に彩られている。個人的には「フランスが勝ったのってナポレオンの時ぐらいじゃなかったっけ?」という印象があったのだが、ヴェルサイユ宮殿の一画では、有史以来のフランスの勝利を描いた絵画のみが展示されている部屋がある。靖国神社みたいなもんか。

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(写真全体がヴェルサイユ宮殿の庭)

ヴェルサイユ宮殿の中でこれはシニカルだなぁと思ったのが、「王妃の村里」。マリーアントワネットが村里を模して作らせた箱庭農村である(デジカメ電池切れにつき写真がないです。すいません)。箱庭といってももちろん実物。彼女はここで村娘の格好をすることを好んだという。もちろん宮殿の外ではリアル農民が重税に喘いでいた。

フランスの絶対王政はいうまでもなくルイ14世の時代に絶頂期に達し、国王の意思の元に壮大な浪費、戦争が繰り広げられた。この絶対権力構造からは我々からみると様々な「珍妙な」なしきたりが発生した。ヴェルサイユ宮殿にはトイレがなかったのは有名な話だが、廷臣は携帯性の便器をもちはこび、その形状は地位によって決まっていたという。

ちなみにマリーアントワネットはこの馬鹿馬鹿しい決まりを廃止したので、単に浪費好きのおバカさんでもなかった。ところが逆にこれによって地位を誇示するすべを失った貴族から反感を買ったという。

個人的には、「国家」というものが実体として存在せず様々な人々の認識のもとによって成り立つルールの集合体、一種の理念でしかないと考えてます。例えば「国を愛する」とというのは、「ルールを愛する」という風にも解釈できて厳密性を欠く気がする。郷里や同郷の人々を愛するというのなら分りやすいのですが(「ワシは刑法愛しとるんよ。」とかいう人が大学時代にいたような気もします。)

「王様」という存在も、人々が作り上げた”幻想”のように思えるのですが、実際にはこの幻想によって、多くの生死が左右された。ちなみにルイ14世は自分に「王権」を与えてくれた神に深く感謝し、礼拝を欠かさなかったという。

便器の話といい、神様への感謝といい、後世からみると冗談にしか思えないが、人間はかくもたやすく幻想のルールにしばられている。

では、このような一種の”王様幻想”を否定する合理精神が勝るかというと、この絶対王政に続くフランス革命が、理性を絶対化したが故に「理性に基づく暴力」さえも正当化し、その後80年にわたりテロの応酬に見舞われたのはまさに歴史の皮肉のように思える。

まぁ、そこまで話を大げさにせずとも、実はビジネスの世界も同じで、我々が当たり前だと思っているルールも、よく考えると幻想に過ぎず必然性は何もないことが珍しくない。ということで、久しぶりに歴史の勉強でもしようかなと思った一日でした。

では、ロンドンに帰ります。

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2009.12.17

パリの中心地とユニクロ

翌日は泊まらせていただいた方と一緒に出勤し、オフィスを訪問させていただいた後に近くにある凱旋門へ。夜はよくわからなかったのだが、凱旋門も、シャンゼリゼ大通も、とにかくでかい。旅行を通じて島国のイギリスとの違いを一番感じたのは、建造物のスケールの大きさである。

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その後オペラ座の概観を見学し、今度きたときははオペラに挑戦しようと誓った後に、ユニクロを訪問。実は今回の旅の目的のひとつが、ユニクロを訪問してお話を色々とお伺いすることであった。

僕の知る限りユニクロは海外展開を積極的にしかけている数少ない日本企業のひとつで、それが今回お話を伺おうと思った動機。もちろん車と電器メーカーはあるが、これらの企業は既に海外展開も成熟期に入っている。他に今海外で積極的に伸びているのは資生堂(中国)ぐらいか。

詳しい話は書けないが、ひとつ明らかなのはこのパリの旗艦店は今のところ大成功をおさめているということ。ZARAやH&Mを向こうに回して、オープン以来2ヶ月間長蛇の列だ。僕がいったときも、レジに長い列が出来ていた。お話の内容も刺激に富んでおり、ユニクロの動向は今後も注目していきたい。

その後ノートルダム寺院へ。話がはずんで遅くなったので中に入れるか心配していたのだが、塔は登れないものの、どうやら18時半まで聖堂は開いているらしい。ノートルダム寺院もこれまたでかい。内部も豪華で、昔の人たちが神の栄光とやらを再現しようとした熱意が伝わってきました。

夜はロンドンから合流したLBSの同級生とシーフードのお店へ。カニ、生牡蠣、海老、貝などのシーフードを食べきれないほどいただきました。おいしかった。やっぱご飯がうまい観光地はいいなぁ。

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パリのいいところ

翌日の観光一発目は、泊まらせていただいたご家族と一緒に郊外スーパーマーケット(確かオーシャンという名前だった)と買い物に行くことに。そのお宅には8歳の女の子と4歳の男の子がいるのですが、生意気でわがままではあるものの、そこが本当にかわいい。

さすがは食文化の国というべきか、食材の充実度はロンドンのスーパーとは比較にならない。牛の脳みそ(狂牛病大丈夫か?)から、魚介類までなんでも売っている。そういえば、昨日の夜は「そこのマーケットで買ったんだよ。」と生ウニをご馳走になった。

値段の方はそれほど安くはない。まぁ、消費税が確か20パーセントぐらいある国ですから。ケーキやらなにやら買ってお宅に戻ってから食べたのだが、やはりどれもおいしい。

小休止した後、「これに乗れば大体パリの観光地は網羅する。」ということで、セーヌ川の川くだりへ。ちなみに4時でもう真っ暗なので、ライトアップされた川をくだる。すばらしく美しい、が、本当に寒い。
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その後クリスマスイルミネーションに彩られたシャンゼリゼ大通へ。道の両脇にはクリスマス用の屋台がずらり。そして、観光客と地元の人で押し合いへし合いである。Sr0010813

その後帰宅しておいしいおでんをご馳走になる。なんて幸せなのだろうか。

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2009.12.16

パリで英語と格闘

さ、さむい・・・。

ロンドンの5割り増しぐらい寒いんですけど、と思ったらパリの最高気温は1度らしい。こりゃ確実に氷点下。ユーロスターでいくとパリの「北駅」につくのですが、当然ながら表記はフランス語、しゃべってる言葉もフランス語。英語と似てる単語(Entrance とか Informationとか)はなんとかなるものの、それ以外はよくわからず。さすがに国際鉄道ステーションともなれば、多少は英語表記もあるが、一歩街中にでればすべてフランス語である。

着いて早々、黒人に「おまえはロンドンから来たのか?」と話しかけられる。「え、そうだけど。」と答えると相手はおおげさに「よかったー、助けてくれないか。」とのこと。その人いわく、システムエラーのせいで一部のカードが券売機で使えないらしい。それで、切符代は現金で払うので、カードで購入してくれないか?とのこと。

ロンドンから来たということで、安心したのか、英語でまくしたててくる。まさか僕が英語がよくわかってないとは思うまい。トラブルの大枠はわかるものの、細かいことのニュアンスがどうもよくわからない。本当にこまってるんだったら助けてあげたいなーとは思うものの、当然詐欺の可能性も考慮しなくてはならない。何回も聞きなおしていると、相手側は「出発まで時間がない」といらいらしてくる。

やや不安だったものの、チケット代金も40ユーロと大して高額でもなかったため、一応カードで予約してあげることに。しかし、最終的に予約はできたものの、発券まではやはりVISAのカードではだめらしい。「日本の銀行のカードはもってないのか?」と聞かれたものの、さすがにそんなものわざわざ旅行に持ってこないので、ソーリーといって別れることに。どうやら結論としては、本当に困っていたようで、多分電車もでてしまっただろう。かわいそうに。

そしてそのまま地下鉄に乗ってパリの住宅地へ。今回は元クライアントの方のお宅に泊めてもらうことになっている。ちなみに、パリの地下鉄はロンドンよりわかりやすくてましだと思う・・・とおもっていたら、目的地3駅前で停止。フランス語アナウンスの後に乗客がぞろぞろ降りだす。なんじゃこりゃ全くわからんと思ったものの、おそらく回送電車なのではないかとあたりをつけて、他の人たちと一緒にホームで待つことに。とりあえずみんなと同じ行動をとる、日本人的発想。

結局その後10分弱で次の電車がきたので目的地へ到着。まだまだ英語ができるとは恥ずかしくていえないレベルだということを実感したのですが、同時に英語圏にいれば最低限の意思疎通はできるということで、英語環境のありがたさをも体感したのでした。

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試験終了⇒冬休み

(ちょっと前に書きました)

本日の会計の試験をもちまして、1学期の試験はすべて終了しました。月並みですが、振り返ってみるとあっという間だったような、短かったような・・・。

会計の試験は、昨年320人中40人あまりが落第したという、恐怖(?)の科目。当然ながら今年の一年生がもっとも気にする科目でした。教授に言わせれば「昨年は日程が悪くて学生はあまり勉強する時間がとれなかったみたい」ということでしたが。

実際の試験は、まぁレベルとしては平均的だったのですが、僕は固定資産の計算でつまって時間を浪費し、最後まできちんと解ききれませんでした。多分パスはしてると思うが・・・。

さて、これから冬休みです。こればっかりは学生の特権というか、これから1月初旬まで、若干の課題図書はあるものの、基本的に何もなし。LBSの場合は1月の4日より「Corporate Week」として就職活動用のイベント、すなわちコーポレートスポンサー限定の会社説明会が開催されます。これも僕には関係なく、学校が始まるのは1月11日からになります。気が向けばでるかもしれませんが。

ということで、UKに着てからの初海外旅行。早速パリに行ってきます。というか、この文章を書いているのはユーロスターの中なのです。

ロンドンからパリに行くのは本当に簡単で、東京から大阪に行くよりも近いし安い。FIXのチケットであれば、ユーロスターで往復再安70ポンド(1万円ちょっと)。曜日と時間帯によって異なるため、僕の場合は近々の予定を勘案した結果90ポンドにせざるを得ませんでしたが、それでも安い。

チケットはWEBサイトでクレジットカードを使って買い、駅の自販機でそのクレジットカードを使って受け取るだけ。1分で終了。その後手荷物検査と一応パスポートコントロールがあるものの、せいぜい日本の国内線レベルでわずらわしいことは何もない。すばらしい。

売店でマフィンとオレンジジュース、ポテトチップスを買っていざフランスへ。

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2009.12.11

学生のクオリティ

前回の成績評価のエントリーに関してだが、試験逃避している最中にこんなブログをみつけた。こちらの記事をもってUSの学部生を一般化することはもちろんできないのだが、これと比べると、LBSの生徒はみんな大人だと思う。実際に平均年齢が7歳ぐらい高いわけですし、多分それなりに成績優秀者が集まっていたりするので単純比較するのはおかしいのですが。

LBSで今のところ個人的にすばらしいと思っているのは、学生のクオリティ。英語ができないと空気扱いということもないし、実年齢が高かろうが低かろうが、みんな大人としての行動をとる。単にいいやつら、というだけではない。

元々そういう人たちが集まっているということもあるでしょうし、ヨーロッパの特性ということもあるでしょうが、他文化に対する受容度も高いし、興味もある。全員マイノリティなので、およそ偏見というものは皆無だと思う。

僕自身も去年の今頃までLBSなんてほとんど知らなかったし、MBA=アメリカ、というマインドセットだったのですが、今はこっちに来てよかったなぁと思っています。ぶっちゃけ言えばUSのトップスクール(HBSとかスタンフォードとか)と比べると、ブランドでは劣りますが、ここでしか出来ない経験が沢山ありますし、人生の2年間をヨーロッパで過ごすのは、それなりに価値があると思います。

LBSのアドミッションも、比較的ユニークかつコミュニティへコミットしてくれる人を求めているような気がします。僕も在校生として個性があり、かつ成熟した考え方をもっている人たちに来てほしいです。MBA受験生の皆さんはぜひご検討ください。

あと、友人諸氏へ。ヨーロッパいいですよ。今のところ年始は予定なしなので、ぜひ遊びにきてください・・・。

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2009.12.07

授業の評価

LBSでは個々のコースの最終セッションで、授業の評価シートが配られます。コースの全体評価、教授の指導方法の評価、教材の評価や改善案の提案などなど・・・。この生徒からの評価は教授の評価に影響し、数年にわたってあまりに悪いとクビになる、らしい。

教授による”報復”を避けるために、この評価は生徒の成績をつけ終わった後に、教授側に手渡される。教授によっては授業の最初の方に、自主的にレクチャーのスピードや課題の量についてアンケートをとり、生徒の要望を聞いて授業内容を修正(授業の速度とか)する人もいる。

生徒側から見た場合、一番の評価ポイントは当然「勉強になったかならなかったか」。Takeawayが多く、かつわかりやすければ最高である。逆に、目的意識のはっきりしない授業や、授業のコーディネーション能力の低い授業、教材に何が書いてあるのかクリアでない授業はたいてい容赦のない点がつく。負荷の軽重は必ずしも評価に関係ない。

「教育は人気取りではない。」という意見もあるだろうが、もはや義務教育ではなく、生徒が自分でお金を払って教育サービスを購入しているわけなので、このような評価システムがあることは理にかなっている。というか、よくよく考えればないほうがおかしいのではないか。

日本の大学でも生徒間で非公式に似たようなシステムがあったが、生徒からのフィードバックシステムを公式採用している大学があるとはついぞ聞いたことがない。結果として、教壇で自分のノートを延々と読み上げるという、信じられない授業が何十年も再生産されるわけだ。当然ながら、「そんなの教授の書いた教科書読めば一緒だろ」と授業にでない僕のような生徒も生まれるてくる。

ただしこれは教授側からみれば当たり前の話であって、生徒の評価など、自分の評価になんの関係もないのだ。そんなに教育がやりたければ、小学校か中学校の先生になってるよ、といったところだろう。

この点は断言できるが、LBSの必修の評価はいまいちなのだが、それでも自分が受けた日本の大学とは比べ物にならないほどよい。別に評価システムの有無ですべてが決まるとは思わないが、やはり評価システムの設計が組織マネジメントのカギだという思いを強くした。

あともうひとつ、このような評価システムが存在する前提条件は「競争の有無」である。各ビジネススクールはランキングをあげ、世界中から優秀な生徒をとることにしのぎを削っているので、授業のクオリティをあげようとするインセンティブがうまれる。

方や、日本の一流大学は黙っていても生徒が集まってくるので、そんなめんどくさいことをする必要はないのである(ケンブリッジにもこのようなシステムはないらしい)。まぁ、そんなこんなで日本の一流大学で生徒からの評価システムが導入されることは当分ないだろうが、偏差値の低い大学で、このようなシステムを導入してランキングをあげていったら面白いのに、なんてことを考えました。

P.S. 法政大学には結構ちゃんとした授業評価システムがあるらしい。ただ、それが教授の評価まで組み込まれているのかは不明。

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MBAホルダーの傾向

昨日、おとといで戦略論と組織マネジメントの試験が終わったので、一年生全体に”小休止”、といった空気が漂っております。とはいっても、来週には会計の試験とミクロ経済学のレポートが控えておりますので、引き続き勉強しなきゃならないのですが。

さて、最近ふと思った、MBAホルダー(正確にはまだ予備軍だけど)には、こんな人たちが多いなぁ、ということに関して。MBAホルダーといってもLBSのバイアスがかかってると思いますが。

1.保守的

もちろんなかには変わっている人もいるのですが、原則として社会的な「成功」という価値観をうけいれて、権力構造の上層部をめざしている人がくるところですから、世間の感覚とかけ離れた価値観や行動原理を持っている人はまずおらず、既存社会の価値観の創造者というよりも受容者であるように思います。

そういう意味では、若干日本の東大の雰囲気に似ている。ただ、東大のほうが試験一発勝負なので、もっと極端に変わっているやつがいたような気がします。

2.個人主義

自分のことは自分でなんとかしてきたし、これからも自分の人生は自分のもの、という考え方が徹底しているように思います。政府や企業、何がしかの団体に所属し、依存する、という発想がそもそも彼らにはありません。

これは必ずしもチームワークが苦手だということを意味しませんが、日本語で言う「滅私奉公」という発想はたぶんないでしょうね。ちなみに、海外にも当然「滅私奉公(Self-sacrifice)」の概念はありますし、一般的にはポジティブに解釈されています。

あと、日本人に関して言えば、やっぱり社費組と私費組は性格が異なるような気がします。社費組は発想が組織志向で、何かをやろうという場合は組織としてのコンセンサスを重視する傾向があります。片や私費組は発想が柔軟(というか特異?)な気がしますが、その結果としてバラバラというか・・・。

とはいえ、全体の傾向としては、選考過程が厳しい分、均質な人たち(つまり同じような人たち)が集まっており、これにはいい面と悪い面、両方あるというのが感想。ただ、世間尺度からいえば、ビジネススクールが強調するほどDiverse(多様性:どのビジネススクールでも主張している)でもないだろう。

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2009.12.03

”マーケティング”のお仕事

当初は課題をこなすのに精一杯であまりスピーカーズイベント系には参加しなかったのですが、授業もぼちぼち終了し(試験はあります!)、学校にも慣れてきたのでマーケティングクラブ主催、アメックスのイベントに参加してきた。

この手のイベントは職業紹介と会社紹介なのである。マーケティングクラブが主催しているので、当然マーケティング担当のディレクターがスピーチをする。内容としては、アメックスはUKではまだまだシェアが低いので、いかにブランドを確立するかに苦労しており、消費者調査を徹底的にやり、こんなキャンペーンをやって・・・、といったもの。

こっちに来る前に関わってきたことなので、感想としては「まぁ、どこもやってることはかわらんなぁ。」というもの。

個人的な考え方としては、事業戦略なくして「ブランド戦略」だけを切り出すのはナンセンスだと思う。しかし、多くの企業では”マーケティング”の部署が存在し、消費者の意識調査を行い、広告/メディア戦略を立案している。平たく言えば「広告部」が「ブランド戦略」を立案している。アメックスはどうやらこの形らしい。

ちなみに”ブランド”なる言葉は実に定義が曖昧だが、単に”イメージ”という言葉に置き換えると大体の場合あてはまる。

大抵の自動車会社にも「広告部/マーケティング部」が存在しており、別に珍しいことでもない。もちろん、「広告部」がなんでも好き勝手に決めていいということはもちろんなく、通常は事業部やR&Dの部署に「お伺い」をたてる。まぁ、この段階で「なんじゃその広告は」と摩擦が起こることもあるし、「よくわかんないからそれはそっちでやって」、と無視されることもあるし、「何か違う」というまさに不毛なフィードバックがくることもよくある。そしてそれに翻弄される広告代理店・・・。

一部の企業では、ブランドマネジャーという、事業責任者が存在する場合がある。通常彼(彼女)らの裁量の範囲は大きく、製品ラインの構築から、販路の管理、広告の管理まで行う。この場合はいわゆる「広告部」が存在しない。加えて、仮に組織構造がフラットであれば、製品定義から広告戦略まで、一貫したストーリーが作られる傾向がある。もちろん、だから売れるということでもないのが難しいところ。

しかし一方で、成熟した市場であればあるほど、機能的ベネフィットで差別化するのが難しく、情緒的ベネフィットが重要になる・・・要は「どれもほんとは大して変わんないんだけど、イメージで違う感じをだそう。」ということです。

例えば、実際にビールのブラインドテストをして、味の違いがわかる消費者は実はほとんどいない。それでも「俺はスーパードライが好きだ!」という消費者が多数存在するのはなぜか?それは長年の広告活動により、製品ごとにあるイメージが消費者の頭の中にできあがっているから。

もっとも、たとえ成熟商品であり、消費者の多くがイメージで選んでいるとしても、企業は製品開発に多大な努力をしています。ビールの例で言えば、水を替えたり、ホップを変えたり・・・。それによって、消費者はより「広告の物語」を信じやすくなるわけですね。しかししつこいようですが、ブラインドテストをするとやっぱり味の違いは分らない。

まぁ、そんなこんなで、実態が何も変わってないのに広告活動のみで「製品やサービスの違う面を強調してブランド力アップ」なんてほとんどの場合失敗に終わると思うんですよね。実際の仕事はそんな依頼ばっかでしたが。今日のアメックスのプレゼンをみて、ちょっと前までそんなことを考えていた、ということを思い出しました。

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