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2009.12.22

ビジネススクール=カルチャースクール

旅行/出張の際はミニノートが本当に便利だ。今使っているミニノートPCもインドへの出張が重なったときに、3キロ弱のノートパソコンを持ち歩くのに耐えかねて買ったものだ。使わないときは全く使わないのだが、こういうときは重宝する。

ちなみに、うちの会社では個人のパソコンを出張に持ち出すのは禁止であった。しかし、携帯用のパソコンはしばしば貸し出し済みで借りられないという、笑うべき事態が発生していた。ということで、確信犯的にこのあほらしいルールを無視していた。

さて、某所でややもするとビジネススクールはカルチャースクールのようなものだ。という記事を発見した。全面的にビジネススクールを否定するわけではないが、個々の専門科目について深堀りすることなく、表面的な知識だけ浅く広く学ぼうとする学生が多いということが、その理由らしい。

確かにカルチャースクールとは言いえて妙な気もするが、まぁそんなこといったらカルチャースクールと学校の違いはなんだ?ということになる。日本の大学教育も全部カルチャースクールになってしまうだろう。

別にわれわれは個々の科目の専門家になるわけではないので、ビジネススクールで教わる科目もツールとしてある程度使えればそれで十分なのであり、必要以上に深く理解する必要はない。パソコンは使えればいいのであって、CPUの構造をを理解している必要はない。

そういう意味では、いくつかの科目は残念ながら学生のニーズとの間に齟齬を来たしていると思う。たとえば、会計の問題でLIFO(後入れ先出し)の原価をFIFO(先入れ後出し)での原価に変換する、というのは試験でのポピュラーな問題なのだが、はっきり言ってこんなことは(個人的には)どうでもいい。

片や会計の授業でで興味深かったのは、収益の認識方法は解釈しだいで様々な方法がありえて、財務諸表に大きく影響する、ということ。

たとえばアップルはiPhoneのソフト無料アップデートを購入者に提供しているのだが、アップルはこのiPhoneの売り上げを“いつ”計上すべきなのか(販売時かサービス終了時か)。実際にアップルは最近、販売時に収益の大分を認識する方法に会計処理を変更して、その結果大きく売り上げが変動した。

そのほかに面白かったのが、特定の費用(研究開発費など)は売り上げに対するコストとなるのかならないのか、という問題。いったん費用が資産計上されると、それはビルを買うのと一緒でオペレーション上のコストと認識されず、最終損益に大きく影響を与える。

ちょっと昔になるがエンロンの粉飾決算は本来費用計上すべきものを費用計上していなかったことによるものだ(その結果収益が一時的に過大となる)。おそらくこれらの知識などは経営者を目指している学生には将来必要になるだろう。

やはり個々の教授は特定分野の専門家ではあるが、特定分野の専門家どまりの教授もいることは確か。経営者にとって何が必要なのか、という視点を教授も持つことが望まれる。そういう観点で授業を行えば、生徒は喜ぶし、教授の評価はあがるし、お互いにとってメリットになるだろう。

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