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2010.09.04

正義と同性愛

欧米に住んでいたら、同性愛の問題は日本よりもはるかに身近なトピックスです。どこのビジネススクールでも恐らく「ゲイ・レズビアンクラブ」に類するものがあり、当然ながらカミングアウトしていている人も珍しくありません。

そんな感じで日本よりははるかに市民権を得ていると思われる同性愛ですが、これが婚姻制度にいたりますと、まだ統一的な合意には至ってないようです。「同性婚も認められるべき」という問題提起には反対意見も根強いのです。

はじめてこの問題について意見を聞かれたときは正直「へ?」という感じだったのですが、欧米では一大テーマ。アメリカのいくつかの州では法制度として認証されております。イギリスはNGですね。

で、最近読んだ本でこの問題が取り上げられていました。ちなみにこの本が本屋で平積みされているのを見つけたときは「こんな小難しいテーマの本が売れるのか」とびっくりしました。

51nj6ccpebl_ss400__3 これからの「正義」の話をしよう マイケルサンデル

内容は多岐にわたるので実際に読んでいただくのが一番なのですが、例えば仮に

「同性婚は認められてしかるべきだ。なぜなら・・・

  1. 同性愛者であっても法の元には平等であるべき。同性愛者の結婚を認めないのは不当な差別
  2. 「同性愛者は子供を作れず社会に貢献できない」という反論もあるが、そもそも生殖能力は婚姻の必要条件ではないし、子供がいない夫婦はごまんといる
  3. 宗教的立場からの反論も考えられるが、政教分離の原則の下、特定の道徳観を国家が押し付けるべきではない」

という主張があったとしましょう。個人の自由を最大限尊重する意見です。ただ、筆者はこの議論を突き詰めると

「一夫多妻制や一妻多夫制を否定することは難しい」

ということになり、論理的帰結として「国家が婚姻を認証する」という法制度そのものを放棄することに等しくなるのではないか、と主張しています。

しかし普通に考えると一夫多妻制はやはり受け入れがたいと考える人が大部分でしょうから、”正義”をその人が「属する社会の道徳観念」から切り離すのは不可能なのだ、と筆者は主張しています。

別の言葉で言えば、ある種の問題に関しては、特定の道徳観を法制度の形で国家が”押し付ける”ことも可なり、ということですね。もちろん個人の自由が最大限尊重される、という留保をつけてますが(ここの説明にはあまりスペースが割かれていませんでした)。



一見日常生活をおくる分にはあまり役に立たなさそうに見える議論ですが、こういったことを”考える力”が、実は普段の生活においても、ビジネスにおいても背骨のような役割を果たし、日々の判断に影響を与えているように思えるのです。

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