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2010.09.23

念願のプラハへ

先週末を利用して行ってきました。念願のプラハへ。

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10年ほど前、まだ大学生でアメリカに行ったときに、とある日本人会計士夫婦と仲良くなりました。その際に「プラハは社会主義時代の痕跡がまだ残っている、美しい不思議な街だよ」と聞き、その言葉がいつまでも頭に残り、いつか行きたいと思っていたのです。ずいぶんと遅くなってしまいましたが今回訪れることができました。

プラハは中世後期、14世紀にボヘミア王国のカレル4世が神聖ローマ帝国の皇帝になったときに最盛期を迎えます。一時期はヨーロッパ最大の都市となり、「黄金のプラハ」と称されました。しかしその後ハプスブルグ家の支配を受け、30年戦争をきっかけにチェコ人はドイツ系の弾圧を受け、プラハは衰退していきます。チェコが独立を回復したのは1918年になってからでした。

第2次大戦後は共産圏に組み込まれ、プラハの春などの改革運動がおこるものの、ワルシャワ条約機構軍の侵攻を受けて挫折し、ようやく民主化を達成したのは1989年でした。

近年EUに加盟してからは、安い労働力を求めて先進国の多国籍企業が競って工場を建設しました。そのおかげで、中欧のなかでは他国一歩先んじて発展を遂げており、今まさに豊かさの階段を上っているところです。確かに中世の雰囲気と、共産主義と、資本主義がまざった不思議な国でした。

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こんなに美しい教会があるにも関わらず(元カトリック国)、国民の約60%は無神論者(共産主義は宗教を否定)です。なんだかんだいってヨーロッパ人はキリスト教徒、という印象を持っている僕からすると、妙な気分です。ほんの15分も電車にのれば、ご覧の通りいかにも「旧共産圏」のような、無機的でうら寂しい光景が広がっています。

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しかし近年の発展のおかげで、中心部には欧米の有名ブランドが軒を連ねております。この先もチェコという国は豊かになり、インフラ投資も行われ、あと10年か20年もすればパリやロンドンのような「普通のヨーロッパの街」になっていくのでしょう。

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