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2010.09.24

テレジーン(Terezin)の影

チェコは15世紀以降ほぼ他国の支配下にあったわけですが、近年で最も大きな影を落とした出来事といえば、間違いなく第2次世界大戦のドイツ占領でしょう。チェコで最も有名なユダヤ人強制収容所といえば、テレジーンです。

テレジーンは中継収容所として使用され、総計14万人以上が連行されました。そのうち3万3000人以上がここで死亡し、8万8000人はここからさらに別の場所へ移送されていきました。

また、テレジーンの街自体とは別に近くに刑務所(小要塞と呼ばれている)があり、こちらには主にチェコの政治犯(民族運動家など)が収容されていたそうです。

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(”小要塞”最寄バス停、ご覧の通りプラハから1時間ほど離れたのどかな田舎町)

僕が今回メインで訪れたのはこの刑務所のほうで、累計3万人以上が収容され、2000人以上が裁判無しで銃殺されていきました。

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(刑務所の前には国民墓地にはこの街でなくなった1万人が埋葬されている)

そしてこれが小要塞の入り口付近。かの悪名高い「働けば自由になれる」の文言。アウシュビッツと同じです。

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そしてこちらが監房。100人以上がつめこまれ、衛生状態も非常に悪く、もちろん囚人には満足な食事が与えられず、チフスで亡くなった人たちが多かったそうです。

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なお、興味深いことに収容所内には理髪室などがありました。これは赤十字が視察に訪れたときにナチスが衛生状態に配慮している、ということをアピールするためだったそうです。やはり、事実を隠蔽しようとするのは非民主的政府の万国共通の特徴のようです。

この収容所内には看守の家族も住んでいました。瀟洒な庭付き官舎があり、「防火用」と称してプールもありました。ところがプールのすぐ裏には処刑場があり、囚人達はプールの横を通って、処刑場に連行されていったのです。

ここを訪れ、改めて人間倫理の脆さについて考えざるをえませんでした。想像ですが、囚人たちを虐殺した看守も家では良き夫であり、良き家族だったのでしょう。大戦期にユダヤ人の絶滅を支持したドイツ人(あるいはアジアを侵略した日本人)は現在に比べて倫理的に激しく堕落していたのでしょうか?恐らくそうではないでしょう。

しかし、人間に備わっている個人的な倫理観は、あるシステムに組み込まれるとそもそも反応しなくなることがあるのです。組織のロジックやシステム上要求される判断だけを”効率的”に行い、それ以外のことを普通は考えません(関連するエントリーはこちら)。どんなにすばらしい道徳教育を受けたとしても、意識しなければ発揮しようもありません。

大事なことは「人間とはそういう存在」であり、誰にでも、僕にも今ブログを読んでいるあなたも、非人道的な判断をくだす可能性があると認めることだと思います。そしてそれを防止するための方策を考えなければなりません。

現時点では、「定期的に外部視点からチェックすることが必要」だと考えています。このように戦争犯罪の施設を訪れることも必要でしょう。自分と異なる組織、団体、あるいは国に属する人と、価値判断や仕事について話すことも効果的かもしれません。

蛇足ですが、ビジネス的な観点からすれば人事部が「わが社はコンプライアンスを尊重します」と呪文のように唱えてもあまり意味はなく、具体的な企業不祥事のケースを社員が勉強したり、第三者から潜在的な問題点や、意思決定のプロセス(個人判断に依存してないか)をチェックしてもらう、などが必要なのかなとも思いました。

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コメント

>大戦期にユダヤ人の絶滅を支持したドイツ人(あるいはアジアを侵略した日本人)は現在に比べて倫理的に激しく堕落していたのでしょうか?恐らくそうではないでしょう。

日本は侵略戦争なんてやってませんよ。
1910年に韓国を併合した際、日本は国民の税金を4兆円も使い、乞食同然のに暮らしをしていた韓国国民のためにインフラ整備等をして差し上げました。おかげで日本国民はたいそう貧しい暮らしを強いられたそうです。韓国は「捏造だ」と騒いでますが。
ちなみに南京大虐殺とやらもほぼ中国政府の嘘です。
私は日教組の影響を受けていない教師に歴史の真実を教えてもらえて良かったけれど、あなたのような方は可哀相ですね。
誤解を解くためにもこの言葉を贈ります。

        ↓

ククリックド・プラモード (タイ国元首相 )

「日本のおかげでアジアの諸国はすべて独立した。日本というお母さんは難産して母体をそこなったが、産まれた子供はすくすくと育っている。今日、東南アジアの諸国民が米英と対等に話ができるのは、いったい誰のおかげであるのか。それは身を殺して仁をなした日本というお母さんがあったためである。十二月八日は、我々にこの重大な思想を示してくれたお母さんが一身を賭して重大決意をされた日である。我々はこの日を忘れてはならない。」( 十二月八日、現地の新聞「サイアム・ラット紙」において )

投稿: みみ | 2010.10.07 16時29分

歴史にはいろんな解釈の仕方がありますね・・・

投稿: Shuji | 2010.10.07 16時40分

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