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2010.11.10

穀物法のケーススタディ

TPP(環太平洋連携協定)には、僕も関心をよせています。はじめは貿易についてきっちりまとめようと思ったのですが、所詮ここはブログなので散発的に思ったこと、調べたことを書いていこうと思います。

自由貿易と保護主義の対決は何も”グローバリゼーション”の現代特有の問題ではなく、有史以来ありました。しかし、その中でも最も有名なケースといえば、イギリスの穀物法でしょう。

Corn_laws

もともとイギリスには穀物に関する法律が1600年代から100以上あり、生産・販売方法などを細かく規制していて、穀物法はそのひとつでした。しかし1700年代はイギリスは穀物の輸出国だったので特に保護主義に使われることはありませんでした。

ところがナポレオン戦争が終わると状況が一変します。大陸産の安い穀物が入ってきて、小麦の価格が急激に下がり、地主と農民を直撃したのです。地主達は自分達の利益の確保を求めて、輸入小麦を締め出す法案(1815年)を通しました。当初は数量制限、後に高関税が採用されました。

その結果地主達の思惑通りに小麦価格は高止まりし、庶民は高いパンに苦しむことになります。政府はライ麦や燕麦を混ぜたパンを推奨しますが、既に普通のパンに慣れていた庶民には受け入れがたいものでした。

その後産業資本家が穀物法の反対にまわります。彼らは穀物法の結果、労働者に高い賃金を払わざるを得ず、それが彼らの利益を圧迫していると考えたのです。そして、反穀物法同盟を結成し、熾烈なロビイング活動を繰り広げます。

折からの新聞の普及とあいまって、やがて徐々に反穀物法の圧力が高まっていきます。なお、この運動には意外な支援者もいました。教会です。穀物法によってパンの価格が高止まりし、その結果貧民層が苦しんでいる、というわけです。確かに当時のエンゲル係数は今よりもはるかに高かったでしょうから、まさに生きるか死ぬかの問題だったのでしょう。

与党の保守党は徐々に関税を引き下げ、1846年に至って穀物法は廃止され、小麦価格はその後急激に下がっていきます。

そして、イギリスの農業はどうなったのでしょうか。もちろん生産性の低い小規模農家は没落し、都市に出て労働者となったり、アメリカに渡ったりしました。しかし農業そのものは海外との競争によって革新が進み、肥料の改良や生産の効率化が行われ、ハイ・ファーミングと呼ばれる黄金時代を形成したのです。

ひるがえって我が日本ですが、農林水産省が先日(10月26日)TPPによって4兆円生産額が減少する、という推計を提出したそうです。この推計は「国際価格より1円でも高ければ即売れなくなる」というありえない仮定に基づいています。多少高くても国産がいいという消費者は少なくないでしょうし、まさに穀物法の時のように農業の自己革新も起こって国産品の価格も下がるはずですが、そういったことは考慮されていません。

また、輸出の増加などのアップサイドが一切計算されておらず、「省益あって国益なし」と批判されてもしょうがないでしょう。こんないい加減なことしてると、そのうち誰も農水省の言うことを聞かなくなると思うんですけどね。一般国民のためにも、農業のためにも、もちろん農水省の為にもよくないと思います。

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