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2010.11.29

現代の兵糧攻め

「この世界は”変わらない”ことが好きなんだよ」

とは僕が今受けている国際資本の教授の言葉。今日テストの息抜きに色々調べていら、この箴言が当てはまる事例がありましたので、ご紹介したいと思います。1979年、ソ連はアフガニスタンに侵攻しました。共産政権に対して、イスラム原理主義者の氾濫が各地で相次ぎ、武力で押さえ込もうとしたのです。

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アメリカはこれに反発し、パキスタン経由でCIAが資金援助を行います。資金提供を受けたひとりが、あのアルカイーダのウサマ・ビン・ラディンであり、これがイスラム過激派が今もアフガニスタンとパキスタンの国境領域を活動拠点にしている理由です。

さらにアメリカのカーター大統領は、ソ連を兵糧攻めにしてやれということで、1980年に800万トン以上の穀物輸出を禁止しました。この結果何が起こったかというと、みなさんご想像のとおりです。

カナダやオーストラリア、アルゼンチンといった、中にはアメリカの同盟国であるはずの国までもがこれ幸いとソ連への輸出を増やしたのです。さらに、突然行き場を失った大量の小麦やとうもろこしの価格は当然下落します。当時アメリカ中がインフレに苦しんでいたところですから、被害を被った農民はたまったものではなかったでしょう。

結局この不人気の兵糧攻めは翌年4月レーガン大統領に代わったところで撤廃されました。アメリカは1970年代に3回兵糧攻めを試みていますが、結局どれも当初の目的を達せず、国益を損なっただけだという結論に至っています。

では万が一、多国間で協力して禁輸をすればこの兵糧攻めは成功したのでしょうか。歴史上そう考えて実行した人がいます。ナポレオンは1806年に大陸封鎖例をだし、イギリスとの通商を禁じました。当時フランスに従属していたヨーロッパ各国が参加しました。

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大陸封鎖令に参加した諸国

もちろんこの政策は大失敗。まずスウェーデンが離反、ポルトガルが従わない。当初は従っていたロシアも効果がないとみるとみるや通商を再開します。フランス商人ですら、商売先を制限されて憤懣やるかたなし。この大陸封鎖令がナポレオンの没落の大きな要因だったといわれるゆえんです。

レアアースや原油で禁輸が外交上の武器となるのに、食料で成立しないのはなぜか。理由は至極当たり前で、食料はどこでも生産できるからです。この世界は広く、北半球と南半球で季節が逆転し、小麦だったら春小麦と冬小麦がとれます。

食糧安全保障を理由に国内農業の保護を訴える論もありますが、論理的に考えても歴史上の事例をみても、日本が国際的な兵糧攻めにあって苦しむというのは杞憂でしょう。むしろ食料自給率100%の方が天候不順や疫病(口蹄疫の事例をみても)のリスクにさらされるのでよっぽど危険です。世界中で不作というのはまず考えられないため、多様な供給経路を確保するほうがリスク管理としては正しいでしょう。

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