2012.05.01

書評:政治主導の教訓

「政治主導」の教訓: 政権交代は何をもたらしたのか

帯に大きく「なぜこんなことになったのか?」というコピーが。民主党政権の誕生から現在の状況を知る同時代人ならば、深く頷く”問”ではないでしょうか。

本書は御厨氏の薫陶を受けた12人(研究者、現役官僚等)の共著です。帯のコピーは出版社がつけたんでしょうけど、キャッチーなのでこの”問”に対して本書がどう答えているのか、という視点で見てみます。

第一部「政治構造の変容」

・内閣支持率が乱高下するのは何も民主党に限ったことではない。
・その原因のひとつは多党制を指向する選挙制度と二大政党を指向する選挙制度が混ざっていることにある。
・その他にも政党の凝集性が高まるようなシステムになっていない。
※以上第一章

・いわゆる「地方」(首長や個々の議員)は中央政界にそれなりに影響力があり、そこにも様々な利害関係があるので中央政界もこれに配慮して極端な改革案は打ち出しにくい。
※以上第三章

てな状況が解説されています。つまり民主党がグダグダになったのには制度的な問題があり、民主党であれ◯☓党であれ、今の日本ではひとつの方向性を示して大胆な改革をするのはなかなか難しい、ということになります。

第二部「政治主導の現場」

敢えて簡略化すると民主党が「脱官僚」というイデオロギーにこだわりすぎて、官僚と適切な関係を築くことに失敗したと(本文はそんな乱暴な論じゃないのでご関心のある方はお読みください)あります。

こうなると民主党固有の問題ですね。

第三部「政治主導の論点」

ここでは多様な論点が挙げられています。

ひとつは大山礼子氏の「日本の国会」で語られている、”与党”と”政府”の距離感の問題です。自民党は族議員を始めとして、党のなかに利害調整機能をもった。民主党はそれを否定しようとして、政府に一元化しようとしたが、そうすると与党が無用の長物になってしまった・・・とか。

民主党政権の目玉であった、「事業仕分け」は注目をあびた手法ではあるが、制度的な存在意義を考えるとクエスチョンであることも指摘されています。つまり、単に予算査定であれば政府内部でやれば良くて、公開裁判は必ずしも必要ない。一方で政治的イシューの論点だしとしての意義はあった、等。

概ね民主党の経験不足からくる種々の問題が指摘されております。


では初めに戻って、「なぜこんなことになったのか?」についてはやはり「制度的な問題(誰がやっても発生した問題)」と「固有の問題(民主党でなければ発生しなかった問題)」が存在し、今件に関してはそのミックスであった、というのが本書で語られていることです。

第二部、第三部で指摘されている「民主党固有の問題」は、経験を積むにつれて今後改善されていくことが期待されます。とはいっても、従来型の利益調整システムが機能しない(最大の問題は配分原資が細っている)以上、単なる復古主義ではなく新しい知恵が求められています。ここは各政党が各々創意工夫すべきところでしょう。

しかし、第一部の問題は制度的要因に根ざす根深い問題です。そう簡単に選挙制度が全面的に変わるわけでも、地方と中央の関係が変わるわけでもありません。まぁ、それはそれで我々の肌感覚にも合うような気がしますけど(いわゆる「誰がやっても変わらない」という問題。ちょっと一般に使われるのとはニュアンスが違いますが)。

制度的問題に関して現時点でまず必要なことは、この本のように「こういう問題がある」と可視化することだと思われます。

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2012.03.20

書籍の紹介:日露戦争、資金調達の戦い:

今日は書籍の紹介です。


日露戦争、資金調達の戦い: 高橋是清と欧米バンカーたち (新潮選書)

本書は元々ブログに掲載された記事を書籍にまとめられたものです。僕はブログ時代から愛読していたのですが、一冊の本にまとめられたということでAmazonで発売日に購入させて頂きました。多分ブログの記事をベースに相当加筆されていると思うのですが、テーマがしっかりしていて、そこは変わってないので読みながら思い出すという感じでした。

金融の教科書を読むよりも本書を読む方が「国家による資金調達とはなんぞや」ということがよく分かるのではないでしょうか(と言っても僕はバンカーでも何でもないので理解が正しいという保障もないのですが)。しかし、最近のギリシャのデフォルト騒動をとかをみると、国家による借金のフレームワークは基本的に変わってないんだなぁ、という印象を持ちます。

本書は基本的に日露戦争当時の資金調達をテーマにしたドキュメンタリーという位置づけですが、「高橋是清」を中心とした登場人物たちの人間臭さが上手く記述されていますので、物語としても楽しめます。筆者も意識して小説的な文体にされているということですね。

「現代に対する教訓云々…」という月並みなことは申し上げるつもりはございません。それは本書をお読みいただき、各自ご判断いただければ。なお、手に取ると一瞬「分厚い」と思われるかもしれませんが、内容に引きこまれてしまうのですぐに読み終わってしまうはずです。

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2012.02.10

県民所得と都市化率

この記事が気になりました。

1人当たり県民所得、全国で最下位になったぜよ

高知県は、県内の経済活動の規模などを示す2009年度の県民経済計算の概要を発表した。  1人当たりの県民所得は08年度比2%減の201万7000円で、3年連続で前年度を下回った。6日までに公表された46都道府県の中で最も低く、全国比較が可能となった1955年以降、初めて最下位になることが濃厚だ。

(2012年2月7日11時35分 読売新聞)

もともと地方の過疎化には関心があるのですが、前に仕事で国勢調査を眺めていたときに高知県の都市化率が低いのがちょっと気になり記憶に残っていたのです。

ということで、国勢調査の人口集中地区と県民所得の関係性についてみてみました。

1.国勢調査の人口集中地区(DID:Densely Inhabited Districts)

人口集中地区の定義はこちらをみていただくとして、具体的に地図に落とすとこんな感じです。

Tokyo

Hokkaido
出所:統計局 平成17年度国勢調査

要するに国勢調査でDIDになっている地域は都市化されている部分と考えていただければ大体はずれてないと思います。で、各都道府県ごとに都市居住割合が分かりますので、地方ごとにこんな感じでまとめてみました。

Did
出所:統計局 平成17年度国勢調査

日本全国平均でみれば66.0%(2005)の人口が都市に住んでいるわけですが、当然エリアによってその値は異なります。ご覧いただきますと分かるように、東北、北陸・甲信越、四国の都市化の割合は低いです。余談ながら、どの県でも都市住民の割合は年々高まっており、県内でも住民の移動(つまり過疎化)が進んでいることが分かります。

2.一人あたり県民所得と都市化の関係

次にニュースになっていた一人あたり県民所得と都市化の相関関係を調べてみました。2010年のデータはまだないので、直近の2005年のデータを使います。

Graph1
出所:統計局 平成17年度国勢調査内閣府 県民経済計算

47都道府県の一人あたり県民所得と都市化率をプロットしてみると相関係数は0.49あって、やはり所得の高い都道府県の都市化率は高いことが分かります。

ただ、これはあくまで相関関係なので「都市化することで所得が高くなったのか」「所得が高い人たちが都市に集まったのか」はたまた「全然因果関係はない」のかわかりません。まぁ、それはそれとして、素人ながらちょっと変化率でもみてみよう、という気になりました。

2000~2005の県民所得と都市化率の変化の散布図をつくってみました。

Graph2

これを見るかぎりでは近年都市化したからといって所得が高くなるわけではなさそうです。むしろどちらかというと相関係数がマイナスになっており、近年では「貧しくなったから相対的に豊かな都市に集まる」という可能性もありそうです。

では過去にさかのぼってサンプルをもっと集めてみようと思いましてバブル以後の1990~2005の15年間を対象に5年ごとの変化量を見てみました(3回☓47都道府県=141サンプル)。

Graph3

若干ながら都市化と所得の増加に関連性がありそうな傾向が出てきました。それほど強固な結果でもありませんが。っつーわけで「歴史的には都市化が進むとその集積のメリットによって所得が高まっていったが、近年はその伸びが鈍化する一方で、都市に向かって所得の低い人達の流入も始まっている」とか、そんなシナリオが考えられますね。

基本的には人が集まれば集積のメリットがあるはずですが、とはいってもやはりそんな簡単でもなければ単純でもないということでしょうね。これからどんどん平均所得が低下したり、格差が拡大したりすれば都市化と言ってもむしろスラム化だったりするかもしれません。

ついでにこちらの本では都市化のメリットをこれでもかとあげておりますが、工場三法の弊害とか詳しく書いてありまして、これはこれで面白かったです。

僕も所詮素人なので、計量経済学とかやっている方々ならもっとうまく統計処理できるのかもしれませんね。何かちゃんとした論文等があれば教えていただきたいです。

参考:北海道、東北(青森、岩手、秋田、宮城、山形、福島)、北陸・甲信越(新潟、富山、石川、福井、山梨、長野)、関東(茨城、栃木、群馬、埼玉、千葉、東京、神奈川、 東海(岐阜、静岡、愛知、三重)、近畿(滋賀、奈良、和歌山、京都、大阪、兵庫)、中国(岡山、広島、鳥取、島根、山口)、四国(香川、徳島、愛媛、高知)、九州(福岡、佐賀、長崎、大分、熊本、宮崎、鹿児島、沖縄)

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2012.01.15

新聞業界雑考 2

前回の続きです。

2.新聞業界の今後についてあれこれ

さて、以上のことから新聞業界もいよいよ後がなくなってきたことが分かるわけですが、新聞社としてはどういう打ち手があるのでしょうか。20年後はともかくとして、これだけネットが普及してきたわけですから、10年程度のタイムスパンでいくつか方向性について考えることも可能でしょう。ということで、思いついたことをメモ程度に。「ジャーナリズムかくあるべし」論はとりあえず脇において、まずは純粋に企業経営として考えます。

考察の第一前提として、紙の発行部数は今後急減していくとします。少子高齢化だけではなく、年代が下がれば下がるほど購読率が下がっているわけですから、この大きな流れはもはや避けることはできないでしょう。

第二に、プリントからネットに送信媒体を変更した所で、従前ほどの収益をあげることは不可能とします。というのも、新聞を読まなくなった世代が「ネットなら有料でも読もうか」と考えるとはちょっと考えづらいからです。少なくとも大幅な値下げが必要でしょう。もっともこれは裏付けがあるわけではないので、僕の個人的な考えです。

そうすると考えられる可能性として・・・

A. 中央紙と地方紙の棲み分けが進む

18790125_4
大阪のローカル紙として始まった朝日新聞(朝日新聞Websiteより

このまま各新聞社が規模の縮小を続けていけばこうなるだろうな、という気がします。つまり、いわゆる中央紙といわれるところは売上減に対応して、コストを削っていくしかないわけですから、地方支局を維持することは難しくなっていくでしょう。そうなると、地方は地方紙しかなくなって、中央、というか東京・大阪ぐらいにいわゆる読売、朝日、日経あたりが残るというストーリーが考えられます。

よく言われるように日本の新聞社の発行部数がある意味異常であり、海外ではもっとエリアや内容に従って細分化されています。なので、こういう形に移行するのは充分に考えられるストーリーかな、と。

B. 大手新聞社が合併する

Newscorp_2
News Corporation:ルパート・マードック率いる世界最大のメディア・コングロマリット

マスメディア集中排除原則とかありますが、そもそも経営が成り立たなくなれば四の五言ってられませんから、早めの打ち手として大手新聞社が合併して規模の利益を追求するということは論理的には考えられます。

新聞発行部数が急減しているわけですから、輪転機の稼働率は下がっているでしょう。システム投資も重荷になっているはずです。であれば、合併してそうした二重投資を無くし、総務・人事・経理等の間接部門を統合する。地方支局も統廃合する。うまくいけばある程度は生き延びることができるでしょう。

とはいえ、この手の合併がうまくいくのはレアケースであり、各紙によって相当企業文化も違うでしょう。縮小均衡を座して待つぐらいだったら、危うい所が先手をうって合併する方がいいと僕は思うのですが、現実的にはちょっと難しいかもしれません。


まぁ、大体この2つの流れのうちのどちらかになるのではないでしょうか。他にも何かあるかもしれませんが、今はちょっと思いつきません。どちらになるのかは、事業環境の推移に加えて、何よりも新聞社の経営者の「意思」が大きなファクターです。

とりあえず、どの新聞も似たような紙面を作っている限り、市場が縮小すれば必然的に淘汰されていくでしょう。その時は差別化しない限り体力勝負になるわけですから、一般論としては小さいところから消えて行くものと考えられます。

そう考えると地方紙は各県で独占的な地位を築いているので、意外としぶといような気もします。むしろクオリティが下がると他紙に乗り換えられてしまう中央紙の方が先にきついのかなぁ、と。

蛇足ですが、ジャーナリズムのあり方として望ましいのはどちらか?AはAでいいような気もしますが、権力の監視という意味ではBのように大きな中央紙が生き残ってくれたほうが有効かもしれません・・・が、生き残った大新聞が腐敗したらそのときの被害はちょっと想像できません。やっぱりメジャーどころは複数生き残って欲しい。

ちょっと考えただけなので、結論らしきものは特にありません。引き続きテレビも含めて考えていきたいと思います。

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新聞業界雑考 1

日本のジャーナリズムって今後どうなるんだろう、あるいはどうすべきなのだろう、ということについてたまーに考えるので、とりあえず未だにマスメディアの中心的存在のひとつである新聞業界についてデータを漁ってみました。

基本的に新聞社は非上場のオーナー企業なので情報公開範囲に限りはあるものの、有価証券報告書が公開されているので、朝日、毎日、日経はデータがみられます。めんどくさいので朝日だけデータを整理すると以下のとおりです。ただ、他紙をチラ見をした限りでは新聞社は概して厳しいです。

1.財務諸表の話

【朝日新聞主要財務指標(2003-2011)】単位:百万円

Asahi_graph1
出所:EDINET
※クリックすると拡大します

ということで、これをみると新聞不況だなんだと言われながら、2008年までは財務的にはなんとか持ちこたえていたことが分かります。リーマン・ショック以降は惨憺たる有様ですが。といってももちろんそれ以前もそれなりな影響はあったようで・・・

【朝日新聞 連結従業員数(2003-2011)】

Asahi_graph4
出所:EDINET
※クリックすると拡大します

これをみると、2005年以降グループ全体で従業員数が減っており、リストラに着手したことが分かります。当然非正規雇用の削減が先行してますね。ピーク時に3800人いた臨時従業員数が現在1580人程度。新聞紙面では「派遣切り」だとか「雇い止め」を糾弾しているわけですが、なんのことはない、「派遣村」が話題になる前から当の本人達が率先してやっているわけです。社民党みたいなものですね。

なお、それをダブルスタンダードだとして責めるのは多分違うだろうと思います。道義的であろうがなかろうが、非正規雇用を削減するのは「現行雇用法制」と「低成長時代」を前提にしたときに「企業が持続可能性を維持する為の合理的行動」であり、競争環境が存在する限りは避けることはできない、というだけのことでしょう。

さて、それはともかく2009年に大赤字を計上したわけですが、2011年に一定程度回復して黒字転換しています。トップライン(売上)があがったわけではないので、それは当然コストを削るしかないわけですが、実際に単体の従業員数はここ5年間で1割減となり、給与を2010年に大幅に引き下げたことがわかります。多分2009年の赤字をきっかけにして給与体系の労使間合意に至ったのでしょう。

【朝日新聞 単体従業員数・平均年収(2007-2011)】単位:千円

Asahi_graph2
出所:EDINET
※クリックすると拡大します

財務諸表上の人件費総額をみると必ずしもこのとおりに下がってないので(新聞は給与の他に労務費として原価計上している)、まぁ費用計上としては色々あるんだろうとは思いますが、給与水準を低下させているのは間違いないでしょう。

昨年早期退職費用を55億円程度計上していますが、150人辞めさせたとすれば一人あたりの割増退職金は3600万円ですね。普通年収の倍程度が割増退職金としての良好な条件と言われているので、年収水準を考えると破格といってもいいかもしれません。通常の退職金ももらったとすれば、1億円近いでしょう。まだキャッシュは600億円以上ありますから、クビきりだなんだので万一法廷係争になって他紙に揶揄されるよりまし、ということでしょうか。

【朝日新聞 単体平均年齢(2007-2011)】

Asahi_graph3
出所:EDINET
※クリックすると拡大します

普通早期退職は中高年から切っていくのですが、それでも朝日新聞社内で高齢化が進んでいることが分かります。まだ抜本的なリストラに着手してないので、当然といえば当然かも知れません。しかし、いずれどこかの時点でこのグラフ傾向を反転させて組織の若返りを図らなければ、企業として存続することが難しくなるでしょう。

思ったより長くなったので、ページを分けます。

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2011.11.12

幸福を測定しよう 2

というわけで、幸福かどうかを代替指標で測定するのは難しいというか、原理的な問題があるわけです。

例えば所得なり、自殺率なりで幸福度を測ろうとすると「そんなこと誰が決めたんですか?」というパターナリスティックな視点を批判する意見を避けられないわけです。そうなると「直接アンケート調査すればいいじゃん」ということになり、そのような視点から色々分析をしているのがこちらの論文です。

「幸福度で測った地域間格差」 山根、山根、筒井 (2008)PDF

で、これがそのアンケート結果のグラフ。

Graph3
クリックすると拡大します

いやー、素晴らしい。これで問題は解決ではないか。あ、何?兵庫が1位なのね。大阪そんなに悪く無いじゃん、メデタシメデタシ・・・。としてもいいわけですが、果たしてこの差が何によるものかが問題なわけです。

やっぱり一番最初に思いつくのは「所得が高い都道府県は幸せじゃないのか?」という仮説が思い浮かぶわけですよね。で、平均所得と幸福度の散布図がこちら。

Graph2_2
クリックすると拡大します
※この調査ではアンケートで回収した所得を使用しているので、公的機関の平均所得の調査とは誤差があります

まぁ、これをみるとやっぱり所得が高い都道府県ほど幸せそうだなぁ、ということが分かります。

で、この論文ではそれ以外の要因による差異についても分析しています。例えば、女性のほうが男性よりも幸福であるので、男性が多い県は不幸になります。他にも結婚や年齢差によっても幸福度に違いがでるでしょう。つまり、ある県よりある県が幸福である、と言えるためには同じ属性の人達を比べる必要があるのではないか、と続きます。

結構面白かったのが、アンケート調査を分析したところ

1)所得や資産が多い人は幸福。でもその効果は逓減する。

2)男は不幸 (苦笑)

4)世帯人数が多いと不幸 (へー)

5)健康な人は幸福

6)若者ほど幸福 (ほー)

13)自信過剰だと不幸になるが有意ではない (ははは・・・)

でまぁ、統計の細かい話はおいといて(本当は理解出来ないからですが)結論としては

「県ごとの幸福度の違いのかなりの部分は属性の違いによる見せかけであり、それを調整して同じ属性の人の幸福度を比較すると、県ごとの幸福度の相違はほぼ消滅することを示唆している。」

ということで、どの県が幸せとかそんなんあまり存在しないということでしょうね。敢えて単純化すると、1000万円の所得がある東京都の男性独身の人と、1000万円の所得がある福井県の男性独身の人は幸福度が同じであるということです。

お後がよろしいようで。

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幸福を測定しよう 1

ちょっと大げさなタイトルですが、先ごろ仮で取り上げたニュースについて考察を完結させてみたいと思います。


日本一幸せなのは福井県、最下位は… 法政大教授が調査

「日本一幸せ」なのは福井県民という結果が出た。法政大大学院の坂本光司教授は9日、「47都道府県の幸福度に関する研究結果」を発表した。上位3県は福井、富山、石川の北陸3県。最下位は大阪だった。坂本教授と同研究室で、経済力や生産力による指標ではなく「幸福度」を数値化しようと調査。

合計特殊出生率や総実労働時間、平均寿命など40の指標で点数化し、総合点から都道府県を順位づけた。上位県は人口が250万人以下で、第2次産業の比率が高いという共通点があったという。

(朝日新聞:11月9日)


法政大学のプレスリリースはこちら(PDF)。

僕のTwitterのアカウントではこのニュースが配信されるやいなや、結構懐疑的というか、シニカルなコメントであふれたわけですが・・・。まぁ、端的に申し上げれば、下記2つが簡にして要を得ているといえましょう。

…ほっといてくれよ。 と~きょ~もんの度量衡では、大阪人の幸せ度なんかはかられへんのや。 前提がまちごとる (元ツィート

そんなん、「寿命が長いと幸せ」「持ち家率が高いと幸せ」みたいな外形的基準をパターナリスティックに点数化して集計したものか、「幸せですか?」って訊いて回ったか、「幸せの脳内物質」を決めてかかって測る、のどれかしかありえない。学問的知見がそれを超えるものでない以上。>幸福度調査 (元ツィート

平たく言えば件の調査は「失業率が低いと幸せでしょ」「工賃が高いと幸せでしょ」「犯罪認知率が低いと幸せでしょ」とこんな具合に点数をつけいていっただけではあります。まさに大きなお世話でありますが、ここら辺の指標ならまだ分からなくもない。しかし、

「持ち家比率が高いと幸せでしょ」「貯蓄現在高が高いと幸せでしょ」といわれても、はてさて誰が決めたんですか?というツッコミが入ることでしょう。さらに、それぞれの順位付けは同じ”重み”なんでしょうか?つまり、自殺率が一番低くて下水道普及率最下位の県と、この2つの指標の順序が逆の県は同じように「幸せ」なんですか?という疑問も湧くわけです(例の調査は単純算術平均をとっているっぽいのでこの2つの県の”幸福度”は同じになります)。

ということで、結論を申し上げると要するにこんなのはいい加減な指標なのです(Twitterのある人に言わせれば「遊び」)。

以上終了なのですが、ちょっと面白いので簡単にエクセルでプロットして遊んでみました。ランキング上位の県はなんだか人口が少ない県が多くないか?ということ。でそれを散布図にしてみます。

Graph1

ということで、「人口が少ない都道府県全て幸福度が高くなわけではない」ということが分かりますが、「人口が多い都道府県には幸せなところはない」ということが分かります。ついでに相関係数を調べてみると、0.468でありやはり値は高めで、人口とが少ないと”幸福度”が高くなる傾向があることが分かります。

で、「幸福ならなんで人口が減るんだよ」というツッコミも多かったので、人口増加率でも同じ事をやってみました。

Graph2

こちらの相関係数は0.204なので、若干弱いですが幸福度が高いほど人口が流出するわけではなく、むしろある程度人口減少が低下する傾向が認められます(出生率が組み込まれているので当たり前ですが)。とはいえ、高”幸福度”の都道府県からは例外なく人口が減っており、そんなんで幸せと言えるのか?という常識的なツッコミを支持しているといえましょう。

もうちょっとまともな調査ないのかな・・・と思っていたら大阪大学の大竹教授が面白い論文を紹介していたので取り上げてみます。

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2011.11.07

為替介入の有効性 3

えー、前回まで果たして為替介入の効果があるのかないのかを見てきましたが、今回は為替介入が引き起こす副作用についてみてみたいと思います。

4.外貨準備高の急増

さて、為替介入とは具体的には国内で借金をして、米国債を買うことを意味します(米ドル買い介入の場合)。必然的に介入を行うと政府の外貨準備高は積み上がっていきます。

Graph5
出所: 「日本の長期統計系列」総務省統計局、 「外貨準備等の状況」財務省

日本の外貨準備高は1兆2000億ドルに達し、邦貨にして100兆円近くあることが分かります。まぁ、政府の外貨預金がこれぐらいある、という理解でいいでしょう。で、当然のことながら1990年代後半から2000年代前半にかけて、外貨準備高が急増している事がわかります。

ちなみに為替介入を行わなかった2004~2009年にも外貨準備高が増えてますが、これは利回り(長期の米国債は4%程度の利率があるので、5年で20%以上増える)と、FRBによる金利低下における時価評価額の増大によるものです(債券価格は利回りが低下すると価格があがる)。

この巨額の外貨準備が意味することは何か。皆さんが巨額の外貨預金を保有していると考えれば理解しやすいでしょう。つまり、多大なる為替リスクを背負っているのです。円高に触れると、政府の資産はガンガン目減りしていきます。ドルが暴落したりしたら目もあてられません。その損失は当然最終的には税金で穴埋めが為されることになります。

5.対外関係の悪化

さて、この為替介入の主目的はどう言い繕っても「輸出品の価格を下げて外国で日本製品を売る」ことにあり、いわゆる近隣窮乏化政策です。従いまして、これを派手にやると当然諸外国からの反発を受けることになります。近年最も為替レートをめぐる対立が先鋭化しているのは、言うまでもなく中国とアメリカであります。

では、日本の介入はどうなのか?しかし、我々がこれまで見てきたようにこの程度での介入では巨大な為替市場に明確なインパクトを与えることは難しいのが現状です。皮肉なことに、効果が大してないからこそ大きな問題になっていない、と言えるのです。

それでも、一応注目してくる人達はいるようでして、アメリカ議会の委員会に提出されたレポート(PDF) (2007) があります。それが面白いのでご紹介させてください。


日本の為替介入は為替市場を操作し、不公正な輸出上のアドバンテージを得ようしている、という非難を巻き起こしてきた。…過去には日本は積極的に為替介入を行なってきたが、2004年3月からその形跡はみられない。…過去の為替介入は極めて短期間の効果しかなく、円高のスピードをほんの少しだけ和らげただけであろう、というのが大勢の意見だ。

これまでの円の適正価格に関する各種推計によれば、円が割安評価されている幅は3,4円~20円となっている。ただし、その円の過小評価がどれほど為替介入の累積効果によるものか、市場のマーケット参加者によるものかは分からない。…2006年に米国財務省は日本は為替操作国とは言えないと結論し、IMFも同様に日本の為替操作を認めなかった。ただし、何をもって為替操作国とするかの基準にはかなりの裁量の余地がある。…

議会が取る主要な政策手段は

  1. 何もしない
  2. 為替操作の定義を明確にする
  3. 交渉と報告を求める
  4. 大統領に為替操作をしている国を特定し、是正をするように要請する
  5. WTOもしくはIMFに提訴する
  6. IMFにおいて日本を利するあらゆる政策変更に反対する

このレポートは中身も結構冷静で「そもそも円が10~20%も過小評価されているという主張はアメリカの自動車業界によって誇張されてきたものである」「為替の”適正価格”を算出する普遍的方法論は確立されていない、という根本的な問題がある」「為替レートが変わったからといって、それが日本の輸出拡大に直ちに結びつくわけではない」ということが指摘されています。

ただ、同時に「日本の報告、統計データが完全に正しいかということについては疑義がある」という具合に、根底にあるのは日本に対する不信感なんだろうな、ということが分かります。そうでなければこんなレポートでてこないでしょうし。まぁ、昨今のTPPにまつわるアメリカ悪玉論をみてると、お互い様なんでしょうけどね。

何はともあれ、日本政府の為替介入はこういった攻撃の端緒となるということでしょう。

6.結論

ということで、為替介入の有効性については「効果がないとは言えないけど、極めて短期的なもの」というあたりが大まかな結論としてよいのではないでしょうか。

個人的には労多くして益少なしという印象を持っています。既述の副作用を考えると、ただ単に産業界へのエクスキューズとしてやることは国益にもとると思うのですが・・・。なかなかそういう理解は得られないですね。

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2011.11.06

為替介入の有効性 2

前回の続きであります。

2.為替介入の目的

既存文献のご紹介の前に、「為替介入の目的」ということに一言触れたいと思います。そもそも為替介入の目的は「為替レートを目標値に固定すること」ではなく「為替レートの過度な変動を抑える」ことにあります。図で表すとこういうことです。

Graph7_2

Graph8

上の図は今まさに中国や現在のスイス中銀がやっていることですが、「自由な通貨移動」つまり変動相場制を維持する限り、こうなることはありえません。下の図のようにあんまり派手にレートが動くようだったら、ちょっとそれをスムーズにしよう、というのが日本の為替介入なのです。建前上の目的は。

しかし、後者の目的を達するためには「為替レートの適正水準はここにある」という”見極め”が必要になります。逆にそれがないと、介入自体が市場の撹乱要因になってしまって、目的を達するどころか、市場の変動幅をさらに大きくするという、本末転倒な事態が起こってしまいます。

3.既存文献

さて、それでは論文等のご紹介に行きます。といっても経済学徒でもない私が適当にネットで拾ってきただけなので、どれぐらい権威があるのか分かりません。その点はご了承下さい。

とりあえずHillebrand and Schnabl (2003) には、以下のようにまとめられています。


Juergensenレポート(1983)より、不胎化介入が一定の為替レートへの誘導を実現できるのか、為替介入の有効性については広範な議論が行われてきた…

過去においてはDominguez and Frankel (1993)、最近においては Mamaswamy and Samiei (2000) の論文が、日本の為替介入は”部分的に成功であった”と結論づけている。どのようなメカニズムかについて明らかにしていないものの、Ito (2002) の研究よれば”Mr.円”と呼ばれた榊原財務官のもとで、為替介入は一定の目的を達したとみられている。Beine and Szafarz (2003) は、様々なGARCHモデル推定によって特にアメリカと共同歩調をとったときに有効であったと結論づけている…

一方で、Sarno and Taylor (2001) は、少なくとも主要先進国間では資本市場は統合が進み金融資産の代替性も高まっているため、不胎化介入の効果はないと主張した。Dominzuez(1998) は不胎化介入は国内のマネーサプライが変わらないのだから、定義上成功するはずがないと断じた…

ボラティリティ(変動)に与える影響についても議論が行われてきた。Dominguez (1998) は効率的な外為市場でも信頼性が高く簡明な不胎化介入はボラティリティを低減すると主張した。DeGrauwe and Grimaldi (2003) によればシステマティックな不胎化介入は投機家の”チャート主義”によるノイズを減らすとしている…

一方で、Schwartz (1996) は政府による介入は不確実性を高めてボラティリティを高めると主張してきた。Bonser-Neal and Tanner (1996) はオプションプライスを使うことによって、介入がボラティリティを高めたと結論づけている。…Watanabe and Haraguchi (2001) によれば、GARCHモデルによる推計によって、1990-2000の為替介入は短期的には大きな効果があったが、長期的にはなんら影響を与えなかったとしている。

結論として、最近の実証的な研究は為替介入の効果について支持するものが多いように見受けられるものの、確たる結論は出ていない。…最近の日本の金融当局の頻繁な介入はある程度の効果があることを示唆している。完全な失敗であればこれほど頻繁に行われることはないだろうと思われるからである。しかし、同時に介入効果が長続きしないことの証左ともいえよう。


そりゃそうだよな、といったところでしょうか。当たり前と言えば当たり前ですが、やはりグラフをみての直感的な結論とそれほど差異がないことが確認できます。

またまた長くなってしまったので、今度はこのような人為的な介入が引き起こす副作用について触れていきたいと思います。

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為替介入の有効性 1

どうもご無沙汰しております。為替介入のネタは書こう書こうと思っていたのですが、仕事が忙しくて後回しになってました。宿題を片付けた気分であります。

僕の問題意識というかギモンとしましては、「為替介入って効果あるの?」ということ。やれ為替市場は巨大だから日本政府の単独介入は意味がないとか、だとしたらなぜ経団連とか、同友会とか為替介入すると好意的な見解をだすのだろうか。

もちろん長期的には為替レートは国同士の相対的な経済のファンディメンタルズによって決まることには争いがないと思いますが、一度虚心坦懐に事実を洗ってみようということでございます。

ちなみに僕は外為ディーリングの経験もない普通のサラリーマンですので、間違いがありましたら優しくご指摘いただきたい、といういつものお願いを先にさせて頂きます。

1.定量データの紹介

早速、円ドルの為替レートと為替介入金額(1991/1/1~2011/10/31、日次5327サンプル)のグラフはこちら。

Graph1
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出所:「外国為替平衡操作の実施状況」財務省、PACIFIC Exchange Rate Service The University of British Columbia, Sauder School of Business

先日(10/31)の8兆円ともいわれる為替介入はまだ金額が公開されてないので入っていません。さて、これをみていただけると一目瞭然ですが、1990年代後半から2000年代前半まで、今とは比較にならないぐらい頻繁に為替介入していたんですね。

2005年~2009年の間に一切介入してないのは、効果がないと悟ったからか(最近の状況をみるとそれはなさそうですが)、はたまた景気がそんなに悪くなかったからなのか。

それはともかくとして、このグラフだけみても為替介入に効果があるのかないのか、ピンとこないのが普通の感覚だと思いますので、昨年の9月15日、野田財務大臣時代の介入をピックアップしてみましょう。過去20年間をみても、一日で2兆円を超える介入は最大金額でした(余談ですがこんな記事書いてました)。

Graph2
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これは分かりやすいですね。2兆円分のドルを買っても、ダウントレンドを押し戻すには程遠いように見えます。9月15日は83円から86円まで一気に円安になりましたが、20日もすると元の水準にもどってます。

いやいや、この1サンプルだけで判断するのはまずいだろうということで、2003年度(2003/4/1~2004/4/30)のデータをみてみましょう。この年度の介入総額はなんと31兆円です

Graph3
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これをみる限り、あんまり関係なさそうですね・・・。一番激しそうなところだと、例えば2004年1月2日から1月16日までで6兆円を超える介入を実施したんですが、為替レートはこの一ヶ月で106.94円(1月2日)から105.58円(2月1日)まで下がってますし。

結局、史上最大の為替介入を実施した2003年度は118.24円から104.2円まで円高になって終了しました。逆に言うと、数十兆円の介入ですら巨大な外国為替のマーケットをコントロールするには全く足りない量であることがわかります。(”コントロール”の定義によるんですけどね)

さてさて、こうしてグラフで視覚的にざっくりみることも大事なことですが、とはいってもこれでは感覚的なジャッジメントであることは事実です。幸いにして経済学者の方々が「介入に効果ありやなしや」というのを精密に研究しておられますので、それを紹介させていただきます。

長くなりましたので、2回に分けます。

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